慎命館 相良 むつみ の
占い 算命学 数理法・心理学 http://sinmeikan.top/ establishment 2008年9月
見てね


ー  事 例  ー

近頃の相談者は、殆んど、ホームページを見てきて下さいます。
これからはインターネット時代である事を認識して、集客への力になる事を感じた一年でもありました。

日常を人々とかかわりあいながら、生きて行くと言う事は、様々な心の痛みや傷を負う事もある。
よごれた衣類を洗濯機の中に入れ、廻るのを見ていると、アクがアワと一緒に上に浮かぶ、人の心も、いつもおだやかな日だけではない!

疲れて、とことん落ち込んでしまい、再び立ち上った時!以前より元気になって再生する!
その立ち上る迄をカタルシスと言い、大変なエネルギーを使ってしまう!

そのプロセスの中で日本人が美徳とされ沈黙ではなく!自己開示をする事が大切である!
みっともなくても良い。笑われても良い。誰かに話す事が大切である!
私と出合った皆さん、必ず忘れずに、自己表現をする事が生きて行くための力になります!

いつか、これまでの事例を1冊の本にする事が私の夢です!
参加して頂いている皆さまありがとうございます。
クリスマスカードを送って下さったママ!正月には年賀状を頂きました。


新着事例

白内障で病院が決まらない!

 12月の初めに、遠い茨城から50代の女性がきました。
向き合った時怒っているような顔で、私が一瞬ひるんだ。

遠くからありがとうございます。
どうなさいましたか。

私は白内障で大病院で手術を受けるのに予約してあるが、なかなか返事が来ない。
3ケ月くらいと言われたのに6ケ月たっても来ない。
どうしたら良いか分からない!
と悩んでいた。

生年月日で計算すると戌亥天中殺である。

家からその予約の病院は戌亥のどまん中にあった。

病院を替えたほうがいいですね。
と天中殺の内容を話してやっとわかったようでした。

しばらく話して、最後に辰巳の方角を探して見て下さいと伝えた。

夫と話してみますと帰って行きました。

つい最近の話です。










事例1
夫の学歴が無いのが嫌で離婚したいんです


 10月に入って間もなく、
「今日何時でもいいから会いたい」という電話があり、
駅で待ち合わせをしていると、HPで写真を見ているのですぐわかるらしい。
 35歳だという(私も同じ年齢で子供2人です)夫には、妻子がいたが、それを奪っての結婚でした。
 「母のお金をもらって食べて、家も私の両親の家です。母から「離婚しなさい」と毎日言われている。」

「ご主人の何が嫌なんですか?」

「はい、中学卒業で仕事は配管工なんです。
仕事は良いのですが、親会社から仕事が来ない!
それを探そうとしない。お金がなくて食べて行けない・・・。」と言うのが全容。

「それで、算命学では相性は良いが別れられる?」と聞けば、困った顔をして、

「お母さんが・・・」と続ける。

そこで私が「子供さんは何歳?」と聞くと、 
「2歳で保育園に行きその間家の仕事をしている。」

「えっ!何でご主人だけがお金を持って帰らなければならないの?男女平等とはどういう意味ですか?」

「はい、でも母が・・・」とうるさいほど母が出てくる。

「家族」って誰と誰だと思う?と答えてもらった。
「はい・・・両親と子供と私達と・・・」と答えた。

そこで私は心理学を勉強した時に理解したのは、
家族とは、”夫婦と子供”が家族であって、両親は”感謝する人”と勉強をした。あなたの話の中に夫の両親の話が出てこないけどどうしたの?

「はい、全然関係ありません。両親にお金がないし、今の息子に知らん顔です。」

「はいそんなに嫌なご主人だったら、前の奥さんと子供に返す気持ちは?」

「いえ・・・」と悶絶していた。

3時間話しても堂々めぐりなので、場所を変えた。
「先生、こんなに時間をもらって・・・」と感謝の気持ちを言った。

「自分は国立体育大を卒業しているので、中学卒業の夫が恥ずかしいです。」と言う。

「う〜ん、それでは離婚する?」
「う〜〜ん、でも」と未練を話す。

説教になるかもしれないが、「母と夫とどちらが長生きすると思う?あなたが80歳になった時、お茶飲みに行けるのはどちら?」と聞いたら

「夫です。」と答えて立ち上がり、
しっかりした声で「先生、私も仕事をしながら夫の営業もします。長い時間をありがとうございました。」と時計を見た。

一週間後、ブログにコメントが入りました。
”昨日は天気が良かったので親子4人で公園に遊びに行きました、楽しかったです。”と書き込まれていました。

その時の私の返信として”人生はみんな迷い迷いながら生きて行くのよ、迷ったらまたいらっしゃいね、子供をパパ無し子にしないでね。”
10月の3連休のある日の出会いでした。




事例2
19年間、続いた自立への道、無気力な中学2年生


「先生、私は離婚して、娘が生後2ヶ月のときに別れました。」

「はい それで!どうなさいましたか?」

「その娘が、昼夜逆転で、どうしたらよいか、悩んでいます。
     学校も休んでいるんです。」

「そ、それで、逆転になってから、どれくらいですか?」

「はい 1ヶ月ぐらいです。」
私は胸をなでおろした。
心理学研修の頃に、3年ひきこもればもどるのに、3年の時を必要とする、と勉強をした。

無気力になる迄の本人の心の葛藤はすでに、胎児の頃からはじまっていたはずである。
胎内に居る間は母の心音を聞きながら、母である事を認識する。
そして、血の流れの音も母である事を認識して10ヶ月を迎えて誕生してくる。

その母に、
「お子さんをすぐ私の所に呼んで下さい。すぐ直るはずです。」
学校に行く事を先に考えないで、社会人として、生きて行けるかどうかをまず考えて下さい…と、念を押してのはじまりでした。
13才の春の事でした。

0才〜10才頃迄に幼児決算期というのがあり、10才迄に母との関係がうまく行っていればまず普通に青春時代へと入り、母との関係が上手く行っていなければ幼児決算をしてないという事になる。
この女子学生も、その事を想定して、面接をする事にした。

母はお茶を飲み乍ら、勝気そうで、いかに一人で大事に育てたかを話した。
私が住んでいる町は文教都市で、私立の学校がいくつもあり、その中の私立中学に入学して2年目の春であるという。
別れた夫からは1万2500円の養育費をもらい、どんなに、自分の親兄弟に世話になったかを連発していた。

やっと本人が着いた。
見ると、開いたばかりの水仙の香りがする、目映いばかりの若さの、可愛い娘さんである。
「可愛いねえ、お母さんの話によると、昼間寝ているの?」
「う〜ん」
「はい!お母さん、それでは、もうお帰り下さい」と私と2人だけになり、続ける事にした…

学校に行きたくないし、家もいやだし、と次から次へと話し始めた!
お母さんが一番きらいです。
「勉強もしたくない」しばらく話した後で、
「先生、私の友達になって下さい。
とても話したい事が多くて、聞いて欲しいです。」

「はい、ただし、仕事として、私は話しているのでお金をもらうけどいいかな?」
「はい、お母さんに話して、来ます。」
と言って帰った。

それ以後、長い々々つきあいになる事を予想をしていなかった!

その途中で大学入学、卒業、入社、恋と、連続的に彼女とつきあう事になる!
翌日母親に再び来てもらい、以前に私が経営していた、内観心理療法をして欲しいと伝えた。

本人ではなくて、母が行ってよかったら、娘さんも行かせて下さい!と言ったら、
即、翌日から親子で行って、1週間、6:00起床、9時就寝15時間ひたすら、自分の幼い時から母、母、母、そして父、間題のある相手を調べて行く療法を進めた。

親子で終了してから、私に報告があり、先生、本当に行って良かった、娘は今日から学校に行きました、と話した。生き生きと顔が輝いて見える。
私も6回ぐらい奈良 その他で研修をしました。

ここ迄書いていると、私は算命学ではなくて、心理学のみであるかのような印象を受けるが、はじめに電話で生年月日を聞いた時に必ず調べておき、カウンセリングに入ります。

娘さんは、干合(恋人とか妻)沖殺20年中で、宿命にはノイローゼの宿命があった。
宿命にノイローゼの星があっても自分がそれを知っている事を理解して、自分を追いつめなければどうという事はなく、まず自分の宿命を知る事が、大切であると思っています。

ノイローゼと狂いとは全然違います。
ノイローゼの星の人はちょっと、心に力がない!
狂いの方ははげしさがある、きれる と今頃は表現している。

この娘さんは心に力がなかった!
例えば、麻薬を使っては、いけないのに、自分でストップをかけられない人を言う。
宗教に入れば、にげられない。
ストップがきかない。

その後時々遊びに来て、先生、今日は学校で、校長先生に手紙を書いた。
そうしたら呼ばれて、あなたは、とても、うちの学校の方針を理解して通学しているね、楽しみにしているから、勉強に励んで下さい!と言われた、と、大変な喜びようだった。
私はよかったね!だけで大きな賞賛のことばは伝えず、
   その変わり肩に手を乗せた。

それは彼女のとらえかたにまかせたのです。
この子には、
”頑張れよ”
は使ってはならないと、判断したから!

いつの間にか高校生になり、先生、学園祭に来て下さい私がぜんざいを売ります。
食べに来て!と言われて友達をさそって行って見ました。
マンモス校で探すのに大変でしたが、見っけた時に私に抱きついて来て、ここに座って!との感じ、私も元気な彼女に喜びを感じてならなかった。

いよいよ、職業と大学進学の時を迎え、悩みはじめて、足しげく私を訪ねて来ました。
勿論計算して出された宿命を気にしながら決定権は本人にまかせるのが私の面接です。
しかし多くの人が、統計的に宿命通りの職を選んでいる。

彼女は4年生の大学に行きたいと言い、入試もクリアした。
ただし、母を嫌っているのは、はっきりしていた。

「母の家を出て一人で住みたい。」と言う彼女に
「来年にしなさい。」と言ったが、もう自分の思うようにつき進んだ!
反対の理由は納音の年だったからです。

それから2ヶ月後に、青い顔をして私のところに来た!
前のマンションから人が落ちて自殺するのを見てしまった!それから眠れない!と訴え、
(納音は後でブログに書きます。)
それで今度は自宅に帰り、1階の母の隣りの部屋ではなく、
2階のアパートにしている8畳を自室にした。

母と余り会いたくないと言う。
母も人生に翻弄されて、すでに疲れ切って身体が弱くなり、自室兼小物店を開き乍ら、大変そうだった!
(ここで母が離婚した原因は、算命学的には、夫が日座沖殺という配偶者を、身体が弱いか、いつ死んでもおかしくない!という星を持っており、それを受けての、離婚である。

2回目の結婚の方がうまく行く、悪い日座沖殺の気は最初の妻に行くからである。)
まさしくこの母は若くて早い結婚だったので、わずか2ヶ月の子をつれての離婚だった!


私は、娘の方に力を傾けた!

ある夕方、母が、小走りに私を訪ねて来た!
ある品物を見せて、こんなものを持って、「大変です!」と、パニクッていた。
見て見ると、芸能人の親は海外留学の時必ず持たせるというものである。
お母さん、心配いらないよ、持っているだけ、ですよ、もう少し、雑誌やテレビのワイドショーも、見て今どきの子を持つ母になって下さいね、と言う日もあった。



無事に大学卒業、そして就職と、自らきめて会社に入社した。
まだ大運(120年の中の20年)沖殺中で、しかも青春時代に干合配偶者沖殺だと、相手が感じとって、結婚できない、

その事については話さずに時を追った!
心に力がないから話さなかった!
母には話した!

ある日の事、
「会社に行くととても楽しい、上司が可愛がってくれて、自宅にも来た。
先生、母に言わないで下さい。
私は上司が好きになってしまいました。
でも、自分から言えずに悩んでいる。」と言う。

混乱していて、少し、普通ではない!
私は結婚はできないだろうと思い、
お母さんの店を引き継いで独立するのもいいね、と気持ちを散らせたが、
聞いていなかった!

悩んだままで帰り、どうどうめぐりをしている状態が続き、転職する事になった。

先生!でも好きなんです!と未練を伝え続けた!

そのうちに母が来て、言った!
「先生、上司が、あんなに家に迄来て、数人で楽しそうだったのに、娘が不安定になったら、手の平をかえしたようにふり向かない!」と、相手を責めた。

そこで私が一言、はっきりと、
「お母さん、もし、反対に、彼が不安定になっている姿を見ても、それでも娘さんと結婚して欲しいと思いますか?」

「ああ〜そうですね。」と下を向きながら帰った。


ある日 私の方から、娘さんの方に電話を入れて、おいしい豆腐料理を食べましょう、と誘い、駅の近くのおしゃれな店で2人で食べた。
「こんな立派な店で食べた事は一度もない。楽しいです。」
と、喜んでコース料理を食べて今度はホテルの地下でコーヒーを飲んだ。
その店が雑然としていてイスがとなりと近くて、立ち上がるとぶつかる。

「楽しかったね。」と私が言うと娘さんがにこりともせず立ち上がって、
「男の人が…」と私に何も告げずにとびだして外に出て行った!
ガラス越しに見ていると、自転車にとびのり、ビューンと走り出した。

私は落ちついていた。
必ず家にたどりつくと!
私が家に着くと電話が入り、隣りに掛けていた男の人が私のことをじっと見ていたので、何かされると思い怖くなり、家に帰ってきた、と私に伝えた。

数ヶ月して、落ちついた娘さんが私の家に来て、2時間話した。
たわいもない話をして、先生に会えて良かった、!話していると、ゆったりしてくる!
「良かったね。」

「先生、私、会社を変りました。
今32才だけどゆっくり、夫になる人を探します。
結婚はしたいです。」

「はい、必ずできるよ、もう今年で悪い時期は終わったから素敵な人が出て来るよ、でも1回だけ、実の父親に会って見たら?」と話した。

父は有名な外資系の会社の社員である。
もう大丈夫だね、今日で面接は終わりにして、生きて行こうねと私が伝えた。


それでも、後日、又来た。
「予約しないで来ました!
先生、私、父を探したが行方がわからない
でもこれからも、もう一度探します。」




32才の心の闇とは・・・

少々話した後で!お茶を飲みながら

「今はお母さんは、外に出て、今までと同じ内容の仕事をしています。
毎日20分間歩いてその店迄通い、楽しそうです。」

「私は今の会社で楽しいです。友達ができて、あの会社を辞めて良かったです。」
と結んだ。

「それでは〜」
と立ち上り、サヨナラを言おうとした途端!
私を振り返り乍ら、急に両手で顔をおおい、
「先生!私ね、こんなに小さい時から、テーブルでごはんを食べている時に、
母が私の父の悪口ばかり聞かされた。」

「あんたのお父さんはああだった、こうだったと、私を憎しみの対照にした!
それが嫌で嫌で夕食が怖かった。」

「でもね、自分が給料をもらうようになったら、毎月毎月銀行に12,500円ずつ振り込まれた通帳を見ると(父の今の家族の中から)小遣いをもらい、それと欠かさず払ってくれた父の愛を思うと嬉しくて嬉しくて、全身が暖かくなりました。」

「母が言ったように、悪い人とは思えないんです。」
と涙が顔中からあふれ、ハンカチを放さなかった。

私はうんうんと言い乍ら、
「それをなんで早く私に言えなかった?」
と聞いたら、

「父と会ってから話したかった!」
いつまでも泣き止まず、これまでの19年間の苦しみを訴え続ける彼女であった。

長いつきあいだったけれど、心の闇から抜けた事はたしかである。
その後 彼女は元気で働いている。
あの涙を流した事で自立できたと思っています。



※幼児決算を失敗しない為にお伝えします
生きるための力は胎児からはじまっている。
夜泣きとか不安定な赤ちゃんの心理療法として、母の心音を聞かせ乍ら、安心させる療法がある。
その方法は、母が上向きに天井を見ながら寝る。
赤ちゃんの耳をママの心臓の上につけて、心音を聞かせます。
外界からのすべての危険から守られていた頃の安心感と、母である事を確認するための療法である。
オッパイを飲むときも心臓の音を聞き乍ら飲んでいます。
ミルクは抱っこして飲ませた方が良い。
これは胎児の時から、母の血の流れの音、また、心臓の音を自分の母か他人で有るかを、見分ける事が出来る。
この親子の場合、母は母親としてだけ生き続けて、別れた夫が娘の父である事を忘れていた。




事例3
大学に行きたくない 高校三年



友人の子供・・・
中・高・大の単位OKなら上にあがれる大学生の友人が、

「昼食を一緒にしたいから来てー。」

と言うので行って見ると5人位、集って楽しんでいた。


たくさんのごちそうで、おしゃべりや、歌等が入って大変な騒ぎ
私はつい 踊ってしまいました。


即席で踊るのは結構上手いんですよ。

でも歌はだめ (#^.^#)


そこへ、2Fから突然、

ドカーン! ドカーン!

 と音がしたのでびっくりして静かになり、


「いったい なに?」と聞くと

息子が上にいる・・・とだけ言って、

しばらくすると、その高校生の次男が自転車に乗って
寿司屋のアルバイトにでかけました。

楽しそうにとばして出て行った。



友人に御礼の言葉と一緒に、

「私の仕事場にお父さんと次男さんと来たら?」
という事で3日後にやって来ました。


父が
「占いはいやだ。」

というので、手こずったと言った友人でした。



《 カーテン療法 》

父と母を 左側に座ってもらい、

私は 次男と 向き合い、

内容を知っていたので 私の方から、話し出した。


両親には心のカーテンを引いてもらい

次男には   「私、1人だけだと思って、話してね、
○○君とは、はじめて会ったので余り全部をわかっていないけど、

お母さんの話だと、
大学に行くのなら、単位が不足しているので
もう一度校3年生を行かなければならない。

なんて言っていたけれど、それは本当ですか?」

と聞くと、


「はい、 僕は校入学の時にサッカーで入学しました。

選手として推薦入学だったのですが 途中で足首をケガして、選手を辞めました。」


「はい!そこで、今、あなたが、学校にいきたくない理由を教えて下さい!」



そして、
「僕は勉強がみんなについて行けないし、勉強をする事が嫌いです。」


「ではなぜ、両親にはっきりと言えなかったの?」


「お父さんが、なぐる。
母に おまえが悪いと言う。
けんかになるので、それがいやだった。
お父さんに言えなかった。」


父の方は手をにぎりしめて、
今にもばくはつしそうに私との会話を聞いていたが、母の方は、冷静に聞いていた。


「○○君、帰ったらお父さんに  行きたくない  と言える?」 と聞くと、


「はい、 言ってみます。」


「言ったらもう一度、私のところに来て下さい。」と予約をして
彼だけに帰ってもらい、両親には残ってもらった。



父親の方は、私を   女房の友、 と見ていて、なかなか心を開かない。

「お父さん、私を友人と思わないで・・・。
仕事としてお金も頂ますので聞いて下さい。

私は算命学と心理学と合せて致しております。

次男さんはきっと、帰ったら話すでしょうから、
受け止めてあげて・・・。」


自分の父としての思いとか、
自身が中卒でどんなにみじめな人生だったかも話したり、
(その事は私が友人から聞いていた)

しかし、押しつけではなくて、

彼の人生選択を決して、父の思い通りにさせない事を約束して、


「御主人は後半年で10年間の納音に入ります。

       会社で何かあるはずです。

うろたえないで、そのままいやな事があっても、続けて行って下さい。」と言ったら、


「え〜! そんな、あんなにうまく行っている会社が、
おかしくなるはずがない。(ブスッ)」と、


「老後は財の動乱と出ていますので、お金をしっかり貯めるように。」
と伝えて帰ってもらった。


後日、妻のことばとして

「あのおばさんメガネが気にくわんーっ!」 と言っていたそうで、笑いましたが、

次男の方は とっくみあいのケンカを父として、
自分の意志を通した と、

私に伝えて、宿命に 料理の星があったので
「アルバイトを続けたら資格を取る。」 と話して、1週間後の予約をした。
母と2人で 3回目の面接、

「○○君、何月に資格試験あるの?」

「10月です。
本を買って、電車の中でも勉強をしている。」 と、生き生きと話した。


その試験に合格して同種の仕事をしている兄の店を手伝って、
いつかは、自分の店を持ちたいと言った イケメン少年でした。



父の方は、3人の子供と妻の中でライオンのように生きて、自信満々の人だったが、納音10年に入ったとたんに、同族会社で首になり、あちこちの相談に行き、最後に私の話した事を思い出して、涙を流していたと妻が話した。

病気、ケガ をして大変だった事も妻から聞いた。

「あんなに軽蔑をしてしまって、悪かったなあ〜。

次男もよくなったし、俺は辛いなあ〜。」

と、この家族は、あの子、この子と、3人共大変な中にありながら、
家族とは何か? を
わかっていなかった。

1部屋ずつ、部屋に住んで、別々に食事をして、顔を合わせる機会は無いに等しい。
アパート家族だった。

音楽療法の演歌『家族』を聞いて、くり返し聞いて欲しい。と伝えて終わりました。

次男は合格をして兄の所で働いていると報告がありました。
良かったね(*^^)v

まず母が、子供が求めているものを、知る事が大切なのです。
幼い頃、母がいるから、絶対自分を助けてくれる、と思った日はありませんでしたか?
生命さえも、母がいるから、と思った事がありましたよね、
後の2人共結婚まで私がかかわった。

びっくりしたのが、「長男の嫁が年上だから、相性が悪いと言ってくれ。」 と言われた時でした。

私は算命学から外れる事は、
そういうことは私は絶対に聞かない。
算命学通りの答えを出す。 

当然のことです。



 品川プリンスホテルでおっかけ






事例4
子供二人つれて離婚したが・・・


 横浜から、元気の良い祖母とその娘が来ました。

母は今どきの、スポーツセンターに行って元気そうな人。
誰がクライアントかわからない親子、でした。

ついたとたん、祖母が大きな声でしゃべりはじめました。

「先生、夫が介護になりました。
孫達がうるさくて、病気の夫がうるさがっている。
娘はうつ病で病院に通って薬を飲んでいる。」

娘の方は下を向いて、4年前に夫の事で悩みを打ちあけたら、

「離婚して実家へ帰っておいで。」
と言われたので、嬉しくて帰ってきました。

その間に父が介護になり、
2人の子供が母に叱られてばかりで、私の身のおきどころがない。

長男の小学4年生の息子が、こっそりと、
「僕はお父さんの家に行きたい。」と言っているが、
私は、そうした方がこの子にとって幸福なのかわからない、と下を向いている。

算命学で調べて置いた宿命の中で、
夫が
120年の大運20年千合(妻)沖殺に
入っている時に結婚をしていた。

そして相性も合っていない 納音 同志の結婚だったが、
妻が
一番20年の干合沖殺(配偶者を沖殺するという意味)を、
それを受け取ってうつになっている事を伝えて、
私ははっきりと言いました。


「何を、いつ迄あまえているの、2人の母でしょう!

すでに元夫は20年間沖殺は終わり、

もう一緒に住んでいないので籍もはずしているのだから関係ない。

納音 同志でも家庭内別居で一生を過ごしている人もいる。

子供さんは、母の方に
全地子供 というのがあって(専門的な見方なのでここには書きません)
離婚する場合その人の方に子供がついていく方が幸福になれます。」と そして

「長男さんは、父よりも母のあなたの方に子供を育てなさい、と出ているので、
まず自分は病気ではないという事を、わかって、体力をつけましょう。」


ノイローゼの星はない…

と言ったとたん、声を出して子供のように泣いた。


「むすこは私が育てた方がいいんですね…。」
と、本当に泣きました。

私は横を向いたままで、泣き終わる迄待っていたら、
さっきからその様子を見ていた祖母が、

「○○子、お母さんと一緒にスポーツセンターに行こうか?」
と優しい声で言ったので、私は、

「いえ、スポーツセンターに行くなら自分自身で探して、

仕事もゆっくり探して、自立する事が一番です。

お薬は少しずつ減らして、
先生に相談しながら、いつかやめられるようにね。」


「うれしいっ!
長男と離れるのがとても辛かったのです。

よくわかりました、夫の妻沖殺で私が精神不安定になっていたんですね。

しかも、もう終わっている思い込んでしまっていたんですね。」



「はいそうです、もし元夫のところに帰りたい(生活できなければ)と思えば、

帰っても部屋を別々にしていれば大丈夫ですよ。」 と言ったら、


「いいえもういいです、

これから、長男長女を育てて行きます。

そして、母の家を出る準備もします。」


遠かったけれど来てよかった〜と、晴れやかでした。


祖母が言った。

「先生、 ウフッ♪ 先生は若い男の子を追っかけて…と
書いているのにびっくりしました。」


「どんなふうにびっくりしたの」 と聞くと、

「だって、御主人 いるんでしょう?」 と言う。

心の中で
『違うのよね、今、そうする事が必要だから、彼の歌を聞きに行っている。』

なぁ〜んて、思いながら面接終了。




昨年11月の面接でした、

アドレスも名前も知らないのに、パソコンのグーグルで突然、

当 相良のホームページが出て来たので、

事例を読んで
ぜひ、会いたいと思った! と、娘さんが言いました。


12月24日のXマスには
写真のサンタさんのメッセージが届いた。

「聞いた通りに散歩をしたり、
スポーツセンターも自分1人で探して、行っています。」と電話もありました。


事例に書くけどいいですか?

と言うとぜひ書いて下さいとの事でした。


私は今、6月です。
若芽を見乍ら机に向かっているが、今でもサンタさんを飾って、

幸福な人生をあるいてねえー

     とエールを送っている。


ありがとう!



納音は120年の10年間と12年の1年間だけあります。
納音に何か新しく始めると、絶対にうまく行かない。
水の泡という意味と、自分以外の人に影響を与える。
家を作れば焼けたり、事故にあったり、突然死が最も多い。
鬱状態になりやすい。
大運20年沖殺は誰を沖殺しているかで決まります。
成功する人と、運が下がる人がいる。
親中殺、仕事沖殺、配偶者沖殺等などです。
新しいことを始める時にはお待ちしております。



事例5
老後は無一文になる


 60代の女性が髪の毛をばさばさと1本1本逆立ちしたようにして私の前に座りました。

              「どうしました?」

 「あの〜主人が借金で、株で、他人に大金を借して、長く続いた会社がつぶれそうです。もうどうしたらよいか〜」と

 前日電話予約の時生年月日を聞いて調べているので私にはわかっておりました。今、私の前に座っている、妻の方に、あなたの配偶者は老後に無一文になるというのが出ておりました。私はずばり、そのまま伝えます。金借りるな、借すな、保証人になるな、です。この例は、たくさん来ますね、家迄取られてしまった老夫婦が多くて、気の毒でした。

          老いてから来ても遅い。弁護士を進めます。





事例6
家族
が恋しくて・・・

  学業途中の青年が、
  「故郷に帰りたいけど帰れない、都会は孤独で淋しい。」と涙をポロリと流す。


             私を母と重ねているようだった。

心理テストでは、落ち込みの理由もなく、カウンセリングのみで彼に接して、最後に
演歌歌手
『家族』 というCDを買って聞いて下さい。
みんな上京して一度は通るトンネルだと演歌に援助してもらいました。



 一週間後に再び訪れて、「頑張ります。聞いているうちに、僕の考えている事と同じ言葉がたくさんあって感動しました。繰り返し聞いています。こちらの歌手の方は何才なんでしょうか?」と言い、「僕には妹ではなくて兄がいます。」と、ポップスで育った彼には、演歌が新鮮に感じられたらしい。迷ったら又来てください、と別れました。


 大人の人にもジャンルに拘わらず、必要に応じて、言葉のある歌を進めています。音楽療法です。その内容によって歌を選びます。大人の人には
『最上川』を進めます。『家族』と同じ自分のネガティブな部分、深層心理を深く表面化してくれる歌です。

そして、最後の歌詞で、

         ♪この家でいのち休め、明日は又 街に帰らん♪

 とあるのですが、母としてそんな思いを持って、子を温かく迎え、たくさんの愛を持たせて、また喧騒の中に帰してあげたいと心が動きます。


 
現地へ行って写した物です













勉強会の出張いたします、
何人でも良いです。
お電話ください。







事例7
無気力女性53才

 「先生、今日、面接できますか?」   ?え?  どしゃぶりですよ。

外はバケツをひっくり返したような水が、天からこぼされたような すき間のない雨の日だった。

 どこから来ますか?  と聞いたら、近くの町名を言ったので、明日の朝早くにしましょう。今日は無理です。

「でも先生、明日は病院で…。」 と話があり、とにかく私の予定に合わせてもらい、昼の1:00からにしてもらいました。

何を目的に私と会いますか? と聞いたら、

「あの〜何もしたくないのです。」

 はいわかりました。
生年月日を聞き翌日1:00を待っているとケイタイに電話が入り、今から行きますと言うので、私もタクシーで急ぎました。

会ったとたん、
「先生、ずいぶんパワーのある人ですねえ。」
と言ったが、その日は昨日迄、ベッドの中にいた私で、パワー0でした。
何10年振りの39度の熱で1週間寝込んでいたのです。

向かい合って見ると、可愛いい女性で  話し方もゆったりとしている。
「先生、私死にたくなるほど、何もしたくないし…。」 と話しだしたので
生年月日を3人分 言ったので、男2人と自分、夫とは相性は悪くないが、もう1人の男は女性関係が次から次へと変える、色情因然のある男性だった。

それを頭の中に入れながら、話していると、
「先生、こんなにたくさんの人々の中でなぜ私はこんなにものすごい、人生を送らなければならないのでしょうか? 小さい2才の頃、母は妹ばかり可愛がり、私は…」

   はい!ちょっと待って!
      (内観法)眼を閉じて、小さい頃の自分を思い出して下さい。

答えなくていいです。
今、何才頃の自分かな?

お母さんはどこにいるのかな?

あなたとお母さんの間に誰かいるのかな・・・?
と進み約10分そのままにして、

    はい!開けて下さい。
     何才頃の自分?

「2才です。」

  母さんはどこ?
「部屋で洗濯。」

 その時のお母さん好きでしたか?
「大嫌い。」

  他に誰かいましたか?
「妹です。」

「妹が母から離れず妹をにらみつけて、私は叩いてしまいたいぐらいに憎らしかった。母も、私をいやがっていた。」と断定的に言った。

 子供さんは?
「43才で両方初婚です。夫は55才での結婚です。主人は優しい人ですが、近頃がたがたしている。」

 あ、そうですか、それでもう1人男の人がいるけどお兄さん?と聞くと、大粒の涙を流して、今迄よりもっと大きな声で

「この人のために私の人生をだめにしてしまって…。 お金もとられて、つきまとわれて、他の女の人に行きながら、又、もどってくる、すぐ許して夫婦のような関係になるというくり返しだった。
その人がこの近くの校を出ているのでここにいると、思い出して、苦しいから、育った都内の地区に帰りたい!」

  だって妹さんがいるんでしょう?と言ったら、
「いいえ、遠い処にいて逢いません、墓守りも私がしているので全然関係ないのです。」

  御主人は何と言ってるの?
「いいえこれからです、マンションをまだローンが残っているので、東京には借ります。
先生、でも、私を主人が嫌がっている、どうしてでしょう。
相性は良いと言っていましたが、なかなか私が仕事をやめてから、うまくいきません。」

私は言った
「あなたのように暗くて、人のせいでこんなに苦しんでいると思ってばかりいたら、私だって嫌いですよ。
他人のせいでつらいとか言うけれど?
自分”が一番まっすぐに立っていたら、嵐が吹いても倒れない。
なぜ男性に何回もお金をあげたとか、ヒモだったとか言うけれど、気の毒なのはあなたではなくて御主人ですね。
御主人は他の人と結婚をしていたら、幸福だったのに…。」と返した。

目を大きくして、
「ええ、人のせいにばかりしているというんですか?」

そうです、母が悪い、妹が悪い父が悪い、(余り父の話はしなかった) 男が悪いとばかり言って、あなたには、自分がない。
要するに自己主張がないという事です。
知的な顔立ちでスタイルもよい人だから、どんどんおしゃれして、古典的なものを勉強をして、それを資格をもらう迄勉強して、今点数の一番い星が10年間来ているので、とじこもらずに動け動け、走れ走れ、なんです。
反対の生き方をしているあなたは、病気になりますよ。
今の気持ちから抜け出すには、何か仕事をしたらどうですか?
適職は銀行とでているが、それは年令がもう終っているので…。」と言ったら、

「先生!私ずっと銀行員をやって来ました。
算命学って当るんですね?」と言った。

当るとか当らないのではなくて、静かに自分で考えれば必ず宿命通りの職を選びます。
そのように冷静に男も考えれば良いのです。
あなたにも男にだらしないというのであるから、悪いところは良い方へ動き良いところは転ばないようにのばしてね。
子供がいなくても子供は、あなたにとって必要がなかったから、生れなかった。
必要な人には必ず子供が生れてくるという事だけ。
妹に、何にを言われようと、自分が選んだ人生だから、その時の気持ちをストレートにぶつけなさい。
心理テストも精神病ではない、そんな宿命もない。
ただし、
除々に薬をやめて行く方へ気持ちを切りかえてね。
FC(相談の時話します)が低く、ACがいという事は心が自由にふるまっていない、
押えているという事だから、子どものように自由に生きてごらん。
と、急にクーラーがききすぎて来たので、昨日迄の熱を思い出して、

はいこれで終わりにしましょう!2時間過ぎましたのでー。」と外に出たら、

「すごいですね、算命学って…。」

何が−?

「だって男の色情と、私の仕事と  主人の仕事と  病気じゃないって、なんか朗るくなって来ました。
私、そこの雑貨屋さんで何か主人のものを買って行きます。 はい。」

では、病院に行くより、安い買い物をして身体を動かす事から はじめてみて下さい。

「ありがとうございます。」

そうすでに何か探しはじめていた、私は帰りにスーパーによって、たくさんのデザートを買って帰った。

熱のために1週間も外に出られず 長男が遠いのにわざわざ ヤクルトを買って、フルーツ入りゼリーを2日間も連続で、買って帰って来てくれたので、それを思い出して、持ち切れないほど買った。
長男の優しさが嬉しかった。




事例8
青年、34才を私の思い通りの職業につかせたい母


今年の4月末、昼食の時電話が入りました。

静かな声、
ヨクヨウのない話し方、
じ〜っと、絶対傾聴を続けました。


内容は、

34才の息子が、実家から遠い熊本にある団体(宗教ではない)に行っていて
毎日のようにメールで話し会っています。
が、


給料が少なくて、将来性を感じない、

60才になった時の彼の生活が心配でねむれない、

私の妹夫婦も手紙を出すが全然聞き入れない、

という話、
翌日10:00からの面接を約束した。



当日夕方からは、
ファンになっている歌手のイベントの日だった。

1:00〜も2人続いていたので、少々、大変な1日になりそうだ、と思い乍ら家を出ました。


改札口で待っていると、不思議とすぐわかる、
クライアントの方は、ホームページを見ているから、私をみつけるのは早いが、私は初めてである。
階段を降りて、来た人を見てすぐわかりました。


表情が無い・・・

机に向かい合い、

「どうしましたか?」

と聞いたら、



「夫は停年後1人で独身寮の責任者として別居をしているが私は行きたくない。

長男夫婦は2年前に結婚をして全然家に寄りつかない。

嫁も来ない。

近くに住んでいるのに、本当に次男の事が心配でたまらない、

先生どうしても、次男をこちらへ、帰らせて公務員にさせたいのですが。」と、


宿命を見ると、


「お母さん、この次男さん大学の時に先生の資格を取って、
学校の先生がよいと、
出ているのでその方が良かったですね。」


というとにこりもせずに、


「今熊本で、学校にいけない子供達とグループで生活をして、
そこで先生をしています、資格は持っています。」


「はい、それで何が嫌なんですか。」


「私の言う事を聞かない、

将来性がないから、こちらに帰って来て公務員を。」と言う。


そこでバックから引き出して見せたのが、
次男からのメールを引き出した1通のメッセージでした。

読んでいいと言うので読んで見ると、
実にちみつな文章で、

「母の愛はわかるが僕は僕でこの道で生きて行きたい、
おばさんにも感謝している。」


等々、頭の良い実直な青年である事を感じました。



私は

「お母さん、頭の良いお子さんですね、文章もしっかり、伝えていますね。

宿命で2人のお子さんを見ましたが
長男さんに来年2年間の間にお孫さんが生れるかもしれません。

2年間だけです。

2人共、親思いという子供さんはいません。
数字で出て来ます。

次男さんの事ばかり考えているようですが、家族も1人1人自分を生きています。

お母さんは独立した仕事をするように、例えば教室のような
アーチストの星  を持っていますが、
何か資格をお持ちですか?」



無愛想な感じでピアノを家で教えていたが、
子供さん達が少なくなって1人も来なくなったのでもうやめたとの事でした。



やっぱり算命学はすごいなぁ!  と思ってしまいます。



ピアノもアーチストですから、散髪、美容室もアーチストの星です。

どれを選ぶかは、其の他の星とめぐって来る運にもよります。



この面接はどうどうめぐりを続けて、

自分の思うような答えを、

私に求めているのがわかりました。



そこで、「次の面会があるから・・・」    と終了。
来た時と同じ表情で帰った。

翌々日、電話をしました。

「お母さん、いかがですか?」

今迄に経験した事のない程、
私との話が、お母さんの中に入り込んで行く思いを私が感じ取れなかった。

「大金をだして気の毒なので電話をしました。」と話し、

「お母さんは、
現在 息子さん34才で、いつか60才になる頃、

お母さんは何才ですか?」    と聞き、



「それ迄、もしこの世からいなくなった時、

息子さんが後悔したら、責任取れますか?」と聞いたら、


「いいえ、もう百才を超えているかも知れません。

私も家に帰ってから先生の話を思い返していました。

そこへ、次男からメールが入りました。

相良先生から聞いた話を
    教師の星がある・・・
という事と、

自分でしっかりと考えて生きて行きなさい、と伝えました。


次男の方がびっくりしてとびあがっているようでした。


先生それよりもとてもうれしい事がありました。


長い事、来なかった長男から電話があり、
連休に2人で来ますので、私の両親のお墓参りに行きます。


帰ってから、先生の話を思い出して感謝をしていました。
それで今お礼を言いたくて受話器を持った所でした。

ありがとうございました。

他の人で悩んでいる人がいたら、必ず先生を紹介します。
本当にありがとうございました…。」   で終了。






お母さん、楽になって良かったね、




あの日何人も面接をしたあと
電車にとびのり

     大好きな歌手に大声援をして

          夜中近くに ♪♪ 歌い乍ら自転車で帰ったら、


1Fの全部の部屋の灯がつけてあって、

     『家と夫が お帰り・・・』という感じがして、


         楽しさ倍々で眠りました。


勿論夫は眠っていましたよ。



  いやぁ全部の部屋に灯りとは   最高、

         これも心理療法ですよ。


 遅くても、よかったね、という喜びを与えてくれます。


シンガポールにて




事例9
遺産争い

  初老の夫婦が電車とバスを乗り継いで、遠くから訪ねて来た。周りを見廻しながら、他人に聞かれたくないという雰囲気の中で夫の方が話し始めた。
  先日、父が大変な財産を残して逝ったが、その直後から兄妹8人で財産分与の事でとっくみあいの喧嘩をしてまとまりがつかない。親の最後を看取ったのは私達夫婦なんです。私は長兄です。どうしたらよいのかと頭を抱え込んで、一日も看病をしなかった妹まで、同じように分割しろと言って大騒ぎです。・・・・との事で妻の方は夫を心配そうに見たり、私を見たり、好感の持てる妻であった。

  8人全部の宿命を見て4人目の弟が従財格を持っていて、働けば財は入らず、働かなければ体が弱いという宿命に生まれていた。
「4人目の弟さんはどうしていますか?」と聞くとこの子は家族もいるのに病気ばっかりして、今は働いていません。家も親の貸家に入っていると愛情たっぷりに長兄としての責任を果たそうとしている決意を感じた。

  「先生、それがね、この弟に対しては、大きな家敷なのに誰も何も言わないのです。」

他の7人の宿命表を夫に渡して、コーヒーを口に入れようとしたとたん、妻とその表を見ながら、
「やっぱり2番目がうるさい奴だ、先生、親と一緒に暮らして来た私としては、生活の苦しい弟や妹から順に、最後まで、情の部分で進めてまとめます。」
「子供の頃は、弟が熱を出せば心配をして、おもちゃを持って行ってあげたものでした。うるさい2番目の弟が一番仲良しでした。そんな事をみんなで話します。」

  そうですね。体の弱い弟さんの事に何も言わないという事は、皆さん、まだ兄弟としての愛情を持っているので、本日私が話した宿命表を皆に渡して見て下さい。

「学校から帰った時、カバンをおろして一番先に聞いた事は、「お母さんはどこ?」でしたよね。」と言ったら、「はい」とすっかり落ちつきました。


  長兄の導入部分での発言は、連れ添っている弟や妹の配偶者が悪いので・・・と言っていた。 帰り際に、「先生、遠かったけど来て良かったです。」と2人仲良く帰りました。
  今だったら演歌歌手の歌で
『家族』 『最上川』のCDを買って聴いてもらったら、早い解決になったであろうと思っている。心理学も幼い日の母の愛を中心に考えるのですが、(母がいなければ母に変わる人)算命学の色情の因縁等は母からもらいます。そのことについては面接の時に話してしまう。

  数日後、長兄から電話があり、昔は家族だったじゃないか という事を作文にして私が兄弟に渡しました。私はびっくりして、「はい、それで?」皆、兄さんお疲れ様でした。ありがとう親と暮らしてくれて・・・と感謝の言葉をもらったと言って来ました。勿論仲良く、財産は不動産が多かったので、うまく分ける事が出来ました。夜ゆっくり眠っています。
  夫婦の力関係はカップルの中ではっきりしているのです、数理法で出て来ます。見た目とは違っていますよ。




事例10
誇り高き男


 
夜遅く、FAXでの仕事をした男性から依頼があり、顔を見せたくない・・・と言う事で両方で宿命表を見乍ら、聞きました。
このFAXでの相談は知人の紹介でなければNO!です。料金を払わない人が多い一度来た事のある人の紹介でした。

「59才、後1年で停年です。」


          団塊の世代ですね。


「同じ課に同期がいて、その人が出世するのではないかと心配で夜眠れない。彼には絶対に負けたくない。」と続けました。
宿命を見ると出世をする宿命に生れて来ていた。

       「2年間の天沖殺に入って精神不安定になっていますよ。」

まずよい宿命である事と、天沖殺である事を伝えて、
最後にスマップの歌で、

   『世界に一つだけの花』とビートルズの『レットイットビー』を買って聞いて下さい。
     心が自由になれるはずです。」

とインテリらしい彼の質問に2時間話しました。最後に私と話してどうでしたか?と聞くと、


「いや〜占いではなくて、こんな人が近くにいたんですね。不思議な占いですね、とても楽しくなりました。」
と終わりました。翌朝、仕事へ行く途中銀行をちょっとのぞいてみると、朝一番で入金してありました。迷いなく入金した彼は、きっと私の意志伝達を 引き受ける力のある人であった事を嬉しく思ったのは事実です。今年停年ですね。





事例11
引きこもり


 つい先日、昼食をしていると、母から電話があり、泣き乍ら、一人息子(20才)が専門学校に行かずにひきこもっている。部屋の中は夜中にコンビ二の食料品の紙でうずまっていて掃除をすると暴力を振うと言った。


私はまず、ひきこもりの子には必ず早口で聞く事がある。

        「お母さん、どれぐらい引きこもっていますか?」…と…


「はい、2ヶ月です。」


        「大丈夫だから1日も早く2人で来て下さい。」

(心の中では彼は来ない)と思って、約束の翌日、私の自宅での面接をしました。

  見ると50才だと言うのに30才代後半に見える母で、私は、うん、いい年の重ね方をしているお母さん、と思い乍ら聞いていると、泣きじゃくり乍ら、どんどん話して泣き終える迄待ち、母に、

          「何か資格を持っていますか?」 と聞いたら、

「えっ どうしてそれがわかるんですか?」

これから起業を考えていると言う、母が子から自立して行く事を伝え、準備に入る事を話して帰った。1週間後に母が来た

「先生、息子が隣にアパートを借りて独立しました。友人とメール交換もしています…」


よかったですねと私も喜んだ、
一週間後電話予約と、息子が毎日野球の球打ちに行き出したと、言ったので、1人で行かせるように進め、現在 継続中である。


 





事例12
離婚しなければ良かった


 
昨日70才の女性が髪の毛を眼の上にかぶさるほど疲れた感じで来た。

            「どうしましたか?」  私の問いかけに


「どの子に老後を見てもらったらよいでしょう?」
「今は離婚した娘と暮らしているが いつ迄も見る気はない。」 と言っている。

 弟の方は15年前に離婚した元夫の近くにいる、そこに帰りたい気持ちはあるが生活は苦しいようで仕事が安定していない、悩んでいるという。



宿命をみると、2人の子の誰にも親思いという数字が出ていない、弟の方は老後は無一文になると出ている と言ったら、バックを押えて言った。

「いやだ! 私の?千万円の親からのお金をとられる…」 と言った、


         私はびっくりしていると、


「実は長男の 心臓外科医で大阪にいるが、もう子供と思っていない、1銭もくれない。」
と話した。


産んだ事さえ記憶から消え去っていた長男、宿命を見ると他の2人より、母との縁が深く、5年後の大運に母が20年出ている。
点数も他の子より少し親思いと出ている。


しかし、嫁がいやだと、又長男も嫌いだと、
まことに心の自由を持っていない。

    「お母さん、明治の母として生きても、子供達は平成を生きていますよ。」
    「テレビのワイドショーも、子が母を殺し、母が子を殺す時代ですよね〜」
       と言ったら、眼を大きく開いて、

「えっ! 私が自分本位だと?」

    「そう自己中心的、
     3人の子供の中で一人の子を抹殺していた母が、
     どの子にめんどうを見てなんて、どうですか?」

    「きっと長男さんも母がいた事を忘れているのかな?」と言ったら、


「私が自分の事しか考えなかったって事ですね・・・」


     「はい、そして色情の因然は奥様の方にありますよ。」
        誰と結婚しても、必ずいざこざは絶えなかった。


「えーっ私に原因があったって言うんですかぁー」と少々怒っていた、
「夫の方が浮気してー」と。

「でも年齢を取って見たら、別れなければよかったと思っています。若い時に、みじめだと思っていたけれど、年を取ってからは哀しいです。」

「孫も大きくなって振り向かない・・・」と。


     そして最後に、
     「お母さん、どの子の近くが一番住みやすいと2時間話して思いましたか?」



「はい娘です。娘のそばがいいです。」

「このお金さえあれば市役所に相談に行き、
それ迄は友達と何かおけいこ事でもします。」 と言って帰って行った。



お母さん、その答えは自分で出しましたよね、すばらしい、それが自立という事なんです。


翌日電話があり、
「先生、時代を感じとりながら生きなさい、という事ですね。ワイドショーも捨てたもんじゃない、ですね?行って良かったです。」


その日の夕食は大変美味しかった。5年後に必ず長男さんが訪ねて来るでしょう。

あんなに、色情なんて! と言った彼女が
「先生、誰か入籍しないで友達としての、男性を探します。」

      「はい・・・」

       私は返す言葉が見つからなかった。



  


 すべての悩みの始まりは結婚にあります。相性、年廻りです。納音の年に結婚をすれば5年以内に別れるか、大運に納音のある子供が生まれます。








勉強会の出張いたします、
何人でも良いです。
お電話ください。



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